終戦記念日を迎えるについて。
ワタシは、戦後5年して生まれました。 その当時、近所のおじさんたちはまだ軍服を着たりしていて、みんなが凄く貧しいけれどゆったりしていて、今思えば明治や江戸時代の最後の部分がそにあったのでしょう。
父は、太平洋戦争に招集されなかったのですが、その理由がノモンハン事変の敗残兵だったことが最近理解出来ました。 再招集すると上官になるので、負け戦をした者に指揮を取らせるわけにいかないので招集しなかったのです。 関東軍司令官の器量が推し判れます。
父は時々ソ連兵や中国人のことを話してくれたけど、民同士は同じ人間として争っては居なかったようです。
父から戦争の惨さを知ったわけではないですが、当時を生きた者として、戦争がもたらした貧困は味わいました。
そして、戦後の反省の教育を受け、先生は直接教えてくれなかったですが、自分の力で学ぶことを教えていただき、本の虫となって、多くの反省をした父の年代の方の本を読み、ワタシの人格は形成されたと思っています。
どんな理由があれ「自分が生きるために、他人の命を奪うこと。」をしてはいけないのだと考えています。 それは、戦争だけでなく毎日の生活の中にあります。
直接的ではなくても、間接的に他人の命を蝕む行為も、また注意深くして、避けねばなりません。 私に出来ることは、農業の場面で安全な栽培方法を確立すること、そうして誰もが安全な耕作を望めば、それが実現できるようにすることです。
誰彼なしで隣人に安全な農業家になることは望みません。 せめて、ワタシの周りでそういう農業を望むヒトが居たなら、普通に農業に取り組む感じで、安全な農業家になる事ができるようにして差し上げたいと思っています。
そのためにも、無農薬の安全な米つくり、大豆つくり、もう一歩なので頑張りたいと考えて、決意を新たにしているところです。
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