無農薬で自給自足

 今年から、無農薬農業にジャンルに、米つくりを加えます。 冬季湛水にて自然豊かな田んぼにして、ほたるの居る田んぼを創ります。   誰でもが簡単に無農薬の田んぼつくりができるよう田んぼを用意し、定期的に実習教室を計画して、自給自足の米つくりを支援します。  武石川の源流のきれいな水で米つくりをしましょう。  宮 下   和 美 

木曜日, 12月 22, 2016

百姓は考える

生命は何処にあるのか?

動物(ヒト)の場合、赤ん坊に母体からの臍を伝って、生命が与えられて、。
という考えもできるが、植物の場合どうだろう?

1mmにも満たない種でも、春になって水温むと芽を出してくる。
種の生命活動の中で、突然に、根が伸び、緑の芽が育つ。

そこに生命を生み出す仕組みが隠されているのだろうか?

そして、その芽は確実に、たんぽぽはたんぽぽ、スギナはスギナに育つ。

パスツールは、「生命は生み出されない。」ことを証明している。
福岡伸一先生は、ヒトのサイズが1.7m位あるのは、原子の大きさの1億倍の大きさの時に安定するから、霊長類たるヒトはこのサイズで落ち着いているのだそうな。

だとしたら、植物の種に生命を創りだす力はない。

どこから来るのだろう?

昆虫の生き方にヒントがある。

青虫は葉緑素を循環系に取り入れ育ち、蛹になって乾燥して、しかるのちに羽化して成虫になる。

5-アミノレブリン酸(5-ALA)必須アミノ酸でもある。
これが生命の根幹なる因子、あるいは酵素か?

炭素(C)5個、窒素(N)1個のH2が結合して、NH2 アミノ基と
CH2が3個、=O酸素結合子、とCOOHからなる、生命根基の酵素

5-アミノライフアーゼと言うようなフレーズが良いのか。
こいつが8個で囲み、中にMg(マグネシウム)が入ると「葉緑素」
Fe(鉄)が入ると赤血球(ヘモグロビン)となるのだそうな。

この作用は、後日に譲るとして、葉が冬を迎えると、葉緑素が乾燥して、酵素がカプセル化して土中でお休み、春になって水に溶け種に吸い込まれて、そこに生きる場を確保する。

枯れた葉をヒトが煎じて飲む、カプセル化した酵素にFe2O3が結合して、ヘモグロビンになる。

昆虫は小さいのので、より原因子と近い動きをする。
酵素も、活動期、乾燥により休眠、水と温度で復活。

すなわち輪廻転生により、『生命は蘇る』のである。


イネであったものが、穀物になってMgが外れ、玄米を炊いて食べる。
ヒトの体内で、MgとFeが入れ替わり、ヘモグロビンになる。

役目を終えた5-ALAは、尿から排出されて、台地に戻りカプセル化してFeを外し、Mgを得る。

生命は、活動期と休眠期の両態を持っていて、植物は台地から生命を受け取る。


若しそのようになっているのなら、

人が生を受けて、その最大のミッションは、生命の連鎖を繋ぐこと。

子孫を残してはじめて、己の存在意義を得る。

だがしかし、この理論が真っ当なら、あるいは間違っていたとしても、

『野で、ションベンをする。』

このことが、己の遺伝子を、ダンゴムシだの蟻だの、クローバだのモグサに引き継ぐことになる。

立派に、己の足跡を、大地に刻み込むことが出来たではないか。

なんということだろう、今この瞬間に命尽きたとしても、悔いはないのだ。


しかし、も一つの真実もある。
生命の連鎖は、ワタシが生きている限り、何時から続いているかというと、20億年前に生命が誕生したとすれば、アメーバだった時、魚だった時、陸に上がってネズミだった時、猿だった時を経て、今日まで生命の鎖は、いっときも途切れず、また途中で誕生することもなく、営々と繋がっている生命であることもまた、まごうことなき真実なのだから、ワタシもあなたも選ばれし者なのである。

同じことは、路傍の雑草にも言える。そこに生えている限り、生命の連鎖を20億年重ねた結果なのである。

いま、貴方が畑の雑草の一つを摘んで、石の上に置いた瞬間、その草の20億年の歴史が完全に途絶えるのである。

田んぼの虫けらもカメムシも、はたまた、ヒエであれコナギとて同じこと。
殺せば、20億年の連鎖を断ち切るのは、あなたなのである。

その生命を奪い取る、正当な言い訳を私たちは見つけられるだろうか。


そのように考えながら、一人の男は、百姓を目指しているのです。