無農薬で自給自足

 今年から、無農薬農業にジャンルに、米つくりを加えます。 冬季湛水にて自然豊かな田んぼにして、ほたるの居る田んぼを創ります。   誰でもが簡単に無農薬の田んぼつくりができるよう田んぼを用意し、定期的に実習教室を計画して、自給自足の米つくりを支援します。  武石川の源流のきれいな水で米つくりをしましょう。  宮 下   和 美 

土曜日, 4月 22, 2017

弓矢の工業化

高原の鉱床は、秘密にされ大切に守られていました。
では、どのようにして2万年のビジネスは行われたのでしょうか?

守矢氏は、日本最長の固有名詞です。
一説には80代近く伝えられているようですが、それだけでも2000年近く、ワタシは2万年続いた家系だと考えています。

 黒曜石を岡矢に降ろして、この地に大家族制度の加工場を持ち、30歳の長老を頭に、今の工場と同じ仕組みを持って、20歳代の技術者集団、10代の見習い集団を備え、10歳までの子育てをする母系家族集団。
によれば、優れた矢じりを加工する事ができます。

顧客のニーズは、向上しますので、やじりから矢羽根のついた矢。弓の製造も交換文化の中で成長します。

矢羽は鷹の羽。鷹山・鳥羽・鳥矢なる地名が上田市側にあります。
岡谷は昔は「岡矢」あるいは「〇〇矢」ではなかったか?
古の道は稜線。稜線伝いにほぼ一日移動する場所まで、離れないと鉱床は守れませんので、諏訪側というか西日本は岡谷、上田側というか東日本は餘部即ち武石であったはずです。

筆者の住まいは武石ですが、鷹属であるチョウゲンボウの天然営巣地の地が鳥羽山。その平地の字名鳥羽、鳥矢、矢武商いと読める藪合、そもそも武石とは、鉄鉱石が一分角になった原石を算出する鉱床が岩山が露出した、武石公園、その北の集落形成好適地に矢じりの出土が多数、子供の頃一時間も畑に入れば、凄い数の矢じりが拾えました。

よく考えると古代の狩場で、矢じりを無くする狩りが在ったのでしょうか?
否です。当たらなければ矢を回収しますし、当たればやはり矢は獲物と一緒に回収できます。
超高級品で、消耗品ではなかったのです。

武石公園の北が、西日本に向けての加工場であった可能性を捨てきれません。

やがて、守矢氏は須波氏と戦い和解して、一大文化発展を遂げます。
その結果、諏訪大社を二分して諏訪氏と守矢氏により、八幡神社に次ぐ、諏訪信仰の中心地となって、日本中の武士の拠り所になるのです。

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