科野國聖地考
科野國の聖地を探す。
生島足島神社は夏至の日昇線が重要であることを教えています。
夏至の朝に烏帽子の頂から日が昇る場所こそが、科野国の起源の地ではないかと思い至りました。
夏至を隔たること、丁度一ヶ月して、ようやく鳥居場の日昇に出会うことができました。
補正をしなければなりません。
東経138.2452度、北緯36.3733度、標高650mの地点での水平線からの日昇は、
本年6月21日、方位58.8912度から4時24分に、7月22日は、63.0130度です。
現地における実際の日昇は、本日5時17分烏帽子岳への仰角の分だけ遅れるのですが、一ヶ月の偏差角は、4度07分19秒です。
現地は山の上なので、機器を運ぶこと能わず、山専用の測量機「コンパス」を持参しました。
ご覧のように木立に阻まれて、正確な日昇位置を確かめられないことと、コンパスではせいぜい20分くらいまでしか解析できず、日昇点256度20分と烏帽子岳250度、奥烏帽子岳252度でありました。
偏差約4度だとすると、鳥居場では奥烏帽子岳からの日昇を見ることができそうです。
山を下りその足で、国衙台須波ヶ岡に向かい、烏帽子岳の測量をしてみると、252度30分辺り、奥烏帽子岳254度30分。
鳥居場との偏差2度30分、奥烏帽子と烏帽子の偏差は約2度あまり、ひょっとするとこの場所なら、烏帽子からあがるのが見えそう。
これにより、想定では666年に、この場所に「科野宮」あるいは「科野國州羽之宮」または「須波之宮」が、選ばれて建てられたのだと思い至りました。
トランシッドを持参できなかったわけは、鳥居場が山の上だったから、国衙台は道端であり、而も烏帽子岳との間に遮るものなし、正確に日昇位置が割り出せそうです。
明日以降のチャレンジ、乞うご期待です。
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