無農薬で自給自足

 今年から、無農薬農業にジャンルに、米つくりを加えます。 冬季湛水にて自然豊かな田んぼにして、ほたるの居る田んぼを創ります。   誰でもが簡単に無農薬の田んぼつくりができるよう田んぼを用意し、定期的に実習教室を計画して、自給自足の米つくりを支援します。  武石川の源流のきれいな水で米つくりをしましょう。  宮 下   和 美 

月曜日, 1月 08, 2018

日本を担う(3)養老編

医療費と介護費の負担が、政府にとって重荷になっているらしく、介護施設の倒産にまで普及してしまったようです。
団塊の世代が大量に年老いていく近未来、ますますゆったりとした老後に不安を抱いている方が少なくないだろう。
根本的に取り組まなければ不幸が襲ってくる。
政治にたよるのではなく、私たち一人ひとりの生き方に拠って対処したいと思います。
それが食生活と運動です。

まずは食生活から。
私たちのからだは、昨日食べたもので今日生きているのです。
からだを新しく作りなおしていたり、生命活動を維持しているのは、水と酵素の働きと空気によっています。
少し考えれば解るでしょうが、化学物質はからだの部品としては適していないので、石油から作られた食品は、健康な体を作ってくれず病気の元になります。
化学物質を食環境から排除して、酵素を活かして摂る食生活を取り入れることに尽きます。
直接、EMだとか、万田酵素・えひめAIというような酵素群を、自分で培養して飲むこと、納豆や自然の味噌を生で、漬物など酵素たっぷりのものを食べる。
肉はレアで、焼いたり煮たりした肉は消化に酵素を多用するので、そういう状態の食事をしないように心がけ、体の中が酵素たっぷりになっている状態を作り出すことだと思います。
適度の運動、昨日NHKスペシャルで、骨に振動を与えることが若返りの妙意と報じていました。
空中にジャンプした状態の運動は、骨の骨格を糺してくれるだけでなく、健康や若返りに大きな貢献をするようです。
軽いランニングや縄飛びが良いのだと思います。

そのようにしていると、病知らずのボケ知らず。
高齢になっても血圧を健康に保ち、医者の世話にならないこと、己の足で立って飛び跳ねていれば、医療費も介護費も不要になって、ピンピンコロリの人生が得られます。

年老いての農作業は、なかなかうまくいかないのですが、失敗が「来年こそは」と云う希望を生み、「来年に目標のある人生」は、立って歩く人生を得る最も優れた処方です。

ですから、「50歳を過ぎたら自然農業へ」というのが、おすすめなのです。

日曜日, 1月 07, 2018

日本を担う(2)農業編

農家には二通りの生き方があります。
ビジネスで活きる方法と、生命を担うためにする農業です。
後者は儲からないので、仕組み創りが必要になるので、そうした過程を経ずして農業を始めると、いきおいビジネスの方に向かわざるを得なくなります。
「本当はまっとうな農家でいたいのだが、生きるために仕方なく農薬まみれの農業をしているのだ」。
という風に言い訳をして、化学肥料・農薬まみれの農業に移行していくのです。
誰も最初はそんなつもりなく、高い志を持って社会に出ていくのだが、いつの間にかそんな言い訳の社会に生きてしまうのだろう。
だから、
志を持って農業を始めるのは、50歳を超えた辺りにするべきでです。

生命を担うためにする農業は、とにかく儲かりません。
まずやり方を習得するまでに10年単位のスパンを要し、食えるようになるまで20年は見ておいたほうがいいでしょう。
場合によっては、一生儲けとは無縁のところに生きるようになります。
自分の生命が担保されているので、それでいいのですが、超越する為には哲学が必要になります。
私の場合、55歳の時に思いついて、無農薬農業をはじめて12年になります。
まだ、とても食えるところまではいかず赤字になっている有様ですが、一方で土地家屋調査士の仕事を頂いて、支援していただけるお客様があればこそ、そっちで稼いでこっちに機械を投資していることで、徐々に農業で食える環境が整いつつあります。
そのように考えると、
農業に従事するためには、まず社会においてなにがしかのスキルを得て、それをベースに始めるようにすることが、最適解ではないかと思います。
社会人スタート時において、そうした農業に従事するには、友人ですとか同級生や先輩など、同時あるいは先に社会に出た者たちに、生命の糧の給付の約束を取り付けて、見返りとしての生産に掛かる生活費を保証させる等の、反対給付つきの支援体制を作ってから、取り掛かるべきです。
「生命の担い手としての就農」を、仲間のための代表役員としての農家として、スタートするべきでしょう。
あるいは、ITなどの在宅技術を身に着けて、運動の代わりに農作業する、自給自足のいのちの農業だとか、若くしてなにがしかの不労所得を得られる身分作りをして、夢の農業に取り掛かる等の選択肢でしょう。
最後に一番楽な最適解は、十分な年金生活ができる環境を得て田舎に戻り、悠々自適の
自給自足のための長寿を担う、あるいは老いてますます盛んの自分になるための、いのちの農業を目指すことでしょう。
この環境にある者は、今の都会での余生の倍以上長がい活き生きの人生を送れるチャンスに恵まれているのです。
「帰りなん、いざ故郷へ」古代中国のこの詩を送ります。
陶淵明「歸去來兮辭」
http://tao.hix05.com/102kaerinan.html

日本を担う(1)工業編

明日の日本の生きる道は、外国に出た工場を再び日本に戻して、高度な工業生産を行うことで、農業でも商業でもなくAIでもIoTでもない。
受け皿になるのは、地域の工場の部品加工業者です。
そこに働く若者が、夢を持って生きられるように、高校で学問を付けさせることだと思います。
進学校ではない高校を実業高校にして、そこで地域を担っている産業の基礎学問を学ばせるようにする、ことが必要だと思います。
「その学校を出れば、地域に就職して豊かな生活ができる」
生徒がそれを実感できるような学科と内容にして、地域も自ら学校に赴き指導し、生徒もインターンなどして、働くことの楽しさや美しさを学び、
「あしたの我が身が希望に輝いたものである」
ことを実感できるような教育をすると良い。
これを担うのは、国ではなく県知事と地域自治体の首長と地域の経営者だ。