無農薬で自給自足

 今年から、無農薬農業にジャンルに、米つくりを加えます。 冬季湛水にて自然豊かな田んぼにして、ほたるの居る田んぼを創ります。   誰でもが簡単に無農薬の田んぼつくりができるよう田んぼを用意し、定期的に実習教室を計画して、自給自足の米つくりを支援します。  武石川の源流のきれいな水で米つくりをしましょう。  宮 下   和 美 

火曜日, 9月 30, 2008

落ち穂拾い

 昨日にハゼ掛けして、雨のために田んぼを整理しないままにしていましたので、朝に、ハゼの周りに雀除けの水糸を張り、足元を見ると落ち穂が目立ったので、田んぼをひとまわりして、落ち穂拾いをしました。

 昔は、子供の仕事だったなぁと思いながら、拾ってみると、片手で一握りの結構な量になりました。
その昔は、寡婦の取り分だったというようなことも聞きました。貧しくて困っていた村人達だったのでしょうが、集落単位での助け合い精神が貫かれていたのでしょうね。

 そうした、全体の幸せを考えて、その後に個人があるような社会が、実は成熟した社会なのだと、改めて思うこの頃です。

 きょうは、たまたま早く上がって、7時のNHKニュースを見ていたら、銚子市民病院が閉鎖になって、市長が「2年間奔走してきたが、財政的に行き詰まった。公共事業もやらなくてはいけないので、閉めることにした。正しい決断です。」と、胸を張っていましたが、そうじゃあねぇだろう。と思いましたねぇ。

 同じ結論だとしても、。謝らないにしても、。最後のせりふは、「私の不徳の致すところで、市民に迷惑を掛け、断腸の思いです。」の方がよかったと思いますね。
 少なくとも、胸張るシーンじゃぁなかったな。

月曜日, 9月 29, 2008

前の田の稲を刈る

 台風が来ているらしい。

 昼に雨が降って来るという予定ではじめた稲刈りだったが、不安だったので朝6時からはじめたおかげで、8時には刈り終えたところで、降雨。野球と違ってノーゲームというわけにも行かず、カッパを着て家族全員でハゼ掛け。なんとか前の田だけは、昼に掛け終えました。

 予定の半分でしたが、雨のお陰で、収穫の喜びを全員でかみしめることができました。
今年の稲は昨年より、少し前進の稔りとなりました。でも、この田は作り土が浅いのですね。味はよいと思います。

 ぼきゃぶら 「古米あれば憂いなし」

 自分で稲を作り米を収穫する。この行為は、昔は愚かなことのような気がしていましたが、人生もう少しでひとまわりしてみると、非常に重要なことが判り、私がそれを怠ってきたことに深く反省しています。

 農業や米作りは、漫然とできるのでは無く、考え、日程を工夫して、年をまたいで反省したり工夫して、長いスパンで育て、自分の食い扶持を作り出していく。素晴らしい行為と同時に、全体を見渡すセンスを身につけることができると思います。

 例えば、地域の共同作業のこと、天候のこと、食の安全のこと、家庭のこと、親や子供とも付き合い方、数え上げればきりがないほど、正に、100の知識と考察を加えることができる人物に育っていくことができます。

 自分は手遅れでしたが、せめてこれからの人生の糧に、また、息子にはそれを語り、決して無駄などではなく、重要なことを教え、身につけさせてやろうと思います。

 父は、それを私に直接伝えることなく他界しましたが、私はそれを知ったことで、息子に無形の宝を残すことができるのだと、間接的に父に感謝をしているところです。

金曜日, 9月 26, 2008

もうじき稲刈り

 もうじき稲刈りになります。
私個人的には、さして努力したわけではないのですが、稔りの秋を迎えました。
 自然は偉大ですね。それがお百姓のよいところなのでしょう。
それにしても、連日の雨で稲刈りになれない寂しさでもあります。一方、雀は喜んでいるので、どのくらい喰われたのだろうか?と、勝手に気に病んでいる弱い私がいます。

日曜日, 9月 21, 2008

無農薬(無添加栽培)がうれしい


 トマトがとても美味しくなりました。  
  
 化学肥料を入れず、きのこの廃床と無農薬の稲藁を切り込んで作った堆肥を用いて、雨除けのビニールハウス内にて、灌水はせずに育てています。
 熟すスピードは遅いのですが、とても甘くなって美味しいトマトが育っています。
 食の安全が、当たり前に提供できるようにしたい。
そう決心して、3年になります。
 初年度はビギナーズラックと、昨年までの父が作った土壌の上での栽培だったのでうまく行きました。
 
 昨年は、肥やしを控えたので、稲も野菜も育たずに散々でした。
 そこで今年は、野菜や稲が病気になる要因は何かと考え、与えすぎた肥料、簡単に吸収できる化学肥料、病原菌の持ち込み等を考えまして、それらを排除する事にしました。
  
 緩効性の肥料にすること。
高肥料や化学肥料は、簡単に吸収できますので、根を充分に育てず結果的に弱い木になってしまいます。
 少し弱い自然系の肥料、鋸の切りくずやカキ貝殻の石灰肥料のような、徐々に効いてくる肥料にすることだとおもいました。
  
 病原菌は連作を避けること。
畑の連作だけでなく、他人が作った昨年の作物に病原菌が含まれており、家畜の堆肥はその恐れが多いので、使わないことにして、糞のいちばんの役目である分解菌が必要とした栄養素である糖分に代わる、作用を稲藁の納豆菌と、おが屑のきのこ菌を投入することで、まかないました。
 この2つの作用を有効に活用することで、無農薬が実現することが3年目にして、緩やかな確信になりつつあります。
  
 化学薬品万能信仰、農薬漬けの中国の食品と同じ事は、濃度が違うだけで日本の食品にもあたり前に言えることです。
 その不安から逃れるには、無添加栽培の農産物を作る努力をすることが一番だと思います。
  
 これからも、できる限りの努力をして、食の安全に対して取り組んでいこうと思っています。

土曜日, 9月 20, 2008

ニコエコ

 面白い、入浴剤をいただきました。

 加齢臭がなくなるという、おじさんには画期的な、商品です。

 http://nicoecokurabu.seesaa.net/

 ニコエコは、以前より開発者から頂いて、時々試していましたが、これと言って特徴が判らずにいました。
 ところが言える話しではないのですが、これまで、時々鼻の横の油が、するめのような臭いがするようになって、気になっていました。

 最近息子がまたニコエコを貰ってきて、介護の入浴剤になるとの事を言いますので、消化酵素がタンパク質を分解する事を学んでいましたので、ひょっとしてこれは大気中での作用があるのではと、効果を試してみましたところ、2日続けて風呂に入れて使うと、次の日は結構綺麗な肌のままいられます。

 気になっていた臭いもなく、効果的であることが判りました。

 おもしろい商品です。

水曜日, 9月 17, 2008

学而2

 学而について、私は君子の一生を書いた物とばかり思っていました。
きょう、農作業をしていて、ハタと腑に落ちたところを書きます。

 それは企業の有り様を書いているように思えました。

「学にこころざし」 まず起業の前にそしてその後に、学問を身につけること。

「立つ」 自立しなければどうにもなりません。そして自立とは?自分で法を作り自分で守ること。すなわち 「自律」であり、自律ができた者だけが、はじめて「自立」できると思います。

「不惑」 これは、はじめは迷いがあるのだと、でも一応食べられるようになったら、それを一生懸命やることを語られていると思います。

「天命を知る」 そして、自信を持つこと自分の役目を知り、自信作を世に出していくことだと思います。

「耳順う」 顧客のニーズに耳を傾け順うこと、メーカーの基本はひとえに、ここにあるように思います。

「己の欲するところによりて則を越えず」 将に、昨今の不祥事企業が反面教師であります。でも最後まで欲を捨てていないところが、企業のバイブルに通ずるところであると思います。

ゲームオーバー2

 これからの日本ができること、日本の社会資本の最たる物は、大型機械が入るように区画整理された田んぼであると思います。

 その田んぼを使って、安全な食糧の自給率を高めることだと思います。
無農薬のお米は、自然の草木による減肥料による減収穫栽培と初期の深水管理にて実現できます。

 何人も簡単に栽培できる技術を研究して、公開指導することだと思います。

 就農希望者には、研修施設を充実させ、就農資金等の手当により、農業にて生活が安定できる環境を作り出すこと、農地を貸し出し斡旋する等の施策を用い、有休農地が活用されるよう望みます。

 次に、投資家に対しては、工業や商業と農業等の実業に対して、直接資本を提供することにより税法の特典を示し、証券や先物の投機に対しての税率を高める等の区別をする施策を講じて、虚構による経済をゲームオーバーにすることが必要と思います。

ゲームオーバー

 リーマンブラザーズ、AIG等の昨今の事件は、ゲームが終わったことを示している象徴的な事件だと思います。
実際の取引にお金を掛けずに、架空の取引にお金を賭ける賭博経済、そのゲームの会社の決算内容にさらに賭をする株式市場。それらがもう終わりかけているのではないでしょうか。

 ヒトは何故働くか? 食べるためなのです。 ですから、食べ物を生産することが一番現実的な仕事なのですが、まずお金を稼いでそれで買って食べることが、現代の喰うための手段になっています。
 それが大きく派生して、お金を稼ぐことが重要になっていたのが、これまでの生き方でした。

 よく考えると、家族が喰うために食物を生産することも、もう一つの重要な手段になり得ると思います。
 それを派生させて、他の家族の食物を生産することが、生業として認められる社会を創りだしていきたいと思います。

 家族が食べるだけの食物を作る環境が得られれば、まずは安心して、今の仕事を続けることができます。
 はじめは主食にて、それを試してみたいと思っています。

 お米の作付に対して、株毎に小作料を負担して頂き、株数に応じて相応の収穫を得ていただく、「株式農業」は如何でしょうか。

 来年秋の収量に応じて、事前に株数を購入していただき、田起こし・苗代・代掻き・田植え・草取り・草刈り・稲刈り・脱穀・もみすり等を見学、若しくは体験ができる仕組みを用意します。

 当園は化学肥料を使わない無添加農法にて、無農薬の栽培を目指していますので、トレーサビリティーの問題もなく、安全安心な仕組みと思います。

 それらの見学体験の際には、深山山荘に家族で一泊できるような、仕組みも用意して田舎暮らしも楽しめるように考えております。

 羊牧場の里親制度と組み合わせて、田舎暮らしを楽しんで頂こうと思っています。

火曜日, 9月 16, 2008

イチゴのポット苗を天日にさらす

 イチゴのポット苗を天日に出しました。
今年の苗は、1000ポットを目標にしました。ようやく根も落ち着いたようなので、外に出しますが、量が多いので、駐車場を利用して並べてみました。
 並行して、ブルーベリーの鳥除けネットを外し、こちらは越冬の準備に入ります。

 少し寒くなってきたので、久しぶりに「ぶち入れ」(=打ち立ての煮込みうどん=ほうとうのようなモノ)を作りました。カボチャぼうとうです。うどんをもっと、うまく打てるようになりたいと思っています。

金曜日, 9月 05, 2008

いちご苗つくり:学而


 いちごの苗を作り始めています。
母株からランナー(写真の赤い線)が出てその先に子株が根を張ります。そしてまたランナーが伸び、太郎・次郎・三郎・四郎と育っていきます。
 その新芽の三郎から先を、新しい苗として120mmのポットに移します。
 これまでは、闇雲に掘りとって良い物を選んでいましたが、最近ようやく、当たりを付けて良い苗を掘り出せるようになりました。
 すこし、百姓に慣れたような気がします。
  時間が出来たので、思うところをすこし、私は偶然、12歳の時学に志しました。そして何故か30歳にて独立して調査士業をはじめました。
 仕事を始めて見ると、再度勉強の必要性を感じ、孔子にはまり、読み解くことになりました。39歳を迎えてあと1年で不惑の年になるというので、故事に倣って、迷わないような人生の目標を見つけようと、1年間真剣に悩みました。
 でも道は見つからず、明日で40歳という晩。「そうか、自分は君子ではない。」これが結論でした。
 そんなわけで、あとの人生はやりたい放題で、いろんなことに係わり、社会に向かって「かくあるべき。」というような生き方をしておりました。
 そんな男でも、50歳代にはなんとなく、出来ることも限られてきて、『有る意味「天命を知る。」ところに到達したのかなあ。』と思っています。
 天命は、自分は農業をすることで、全うできるような気がしています。
 不思議なモノで諦めも手伝ってか、昔あれほど「かくあるべき。」と口角泡でした者が、今では他人に何か求めることは一切しておりません。
 そうなりますと、反動でか余所様が「君はこうしなさい。」と言ってきます。私はそれが「顧客ニーズ=天の声」と思い、従うことにしております。
 そうすると、結構順調に事が進みますので、「いいな。」と思っています。
もうじき60歳にならんとしておりますので、これが将に「耳順う」なのであります。知らず知らずに道に乗ってきたようなので、この道を踏み外さないようにしたいと思っております。
 顧客満足度というのは、耳順のことと理解をいたしました。やはり、孔子先生は素晴らしい理論家であらせられたと再認識してオル次第であります。
 そして、あと10年をした暁には、「己の欲するところによりて則を越えず。」となりたいものだと思います。